原一平


原一平



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原一平 氏は、保険セールスの神様と言われ、MDRT日本会の設立など、日本の生命保険業界に多大な貢献をしま した。亡くなって20年以上経った今でも、 原一平 氏が遺した業績は、生命保険業界に燦然と輝いています。 当時、業界人なら 原一平 という名前を知らない人は恐らくいなかったでしょう。一時期特に名が知れ渡った第 一生命の柴田和子さんよりも知名度の面では、 原一平 氏が上回っていたと思います。勲四等旭日小綬章という 勲章を受章した保険セールスは、恐らく後にも先にも 原一平 氏ただひとりではないでしょうか?そんな 原一 平 氏には、さまざまなエピソードが残っていますが、常人には想像もつかない柔軟な発想力と実行力が最大の 特徴でしょう。 原一平 氏は、マッカーサーにまで保険を売ろうとしていたというのは有名な話です。昭和5年 に 原一平 氏は、明治生命に入社しましたが、人脈などゼロに等しいところからのスタートでした。人脈がなけ れば飛込みしかないと考えた 原一平 氏は、一日必ず15件訪問を自らに課したそうです。完全歩合給で、軌道 にのるまではかなり苦労されたようで、下宿代が払えず家主から追い出されたこともあったようです。しかし、 そこからが 原一平 氏の 原一平 たるゆえんで、公園で出会った近所の組合長と、持ち前の明るさで人間関係を つくり、第一号の契約者になってもらい、その上そこからの紹介でどんどん契約を挙げていきました。 原一平 氏の素晴らしいところは、こうして契約を挙げながらも、自己研鑽を怠らなかったことです。 原一平 批評の会 とは、一応 原一平 氏の後援会ですが、実は、 原一平 氏自身の欠点を徹底的に指摘してもらおうというのが趣 旨の会でした。こうしていつも客観的に自分を見て、自己啓発をし続けていたわけです。こういった努力が実を結び、結果として、日本人として初めてMDRTに入会し、全外協設立、そしてMDRT日本会設立というように、日本の生命保険営業のレベル向上に寄与したわけです。 原一平 氏の著書は数冊出版されていますが、フランク・ベトガーの著書同様、いまだに多くの生保営業に愛読されています。 原一平 氏の営業手法の多くがいまだに踏襲されているのも興味深いところです。


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もう「行くところがない」とは言わせない

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